66歳の息子と94歳の母
このブログは、私(長男66歳)が高齢の母と関わり、母の変化や症状、問題行動の出方などを実際に見て、感じたことを記録するために書いています。
この症状をお読みいただき、同じ悩みを持たれている方々と交流出来たら、ありがたいです。
もしかして、この記録が参考になり、誰かのお役に立てたら幸せです。
とは言え、母は94歳でも食欲があり、腰や背中は曲がっていますが、自分で買い物にも行き、毎日洗濯して庭に干し物をしたり、結構元気です。被害妄想から来る問題行動の方も、現在進行形なので、そんなに余裕をもって達観したようなことは言っていられない状況です。
今から12年ほど前に80歳を過ぎた両親が体も弱ってきたから、私のうちの近所に引っ越してきたいと言い出し、何件かマンションや集合住宅のようなところを探し見に来ました。1年くらい探して、現在の集合住宅を見つけ、一発で「気に入った」と言い、即日に購入したのです。
その住宅と言うのが、私の家から自動車で5分くらいの近場だったことと、スーパー・ドラッグストア・郵便局などの施設が近かったこと、そして部屋数が4LDKと多かったこと、団地内に緑が多く、遊歩道が設置され静かだったことなどがポイントになり、即決に至ったのだと思います。
価格も建物が古かったため、比較的低価格で、さらに半額を私が負担したので、両親は喜んで引っ越してきました。息子の近くに住めば安心だと思ったのでしょうね。
詳しいことは後程書きたいと思うのですが、それから10年余り、2023年の11月に父親はなくなりました。それで、現在はその住宅に母が一人で住んでいて、私が毎日のように訪問して安否確認や雑務を行っています。現在の状況は、そんなところです。
94歳母の認知症 被害妄想 その1(初期症状)
私は両親の下で一人っ子として育てられました。
思春期・・だいたい15歳くらいまでは、この両親の異常さにあまり気づいていなかったように思います。
ただ、何事にも心配性でなにも経験させないようにしむける母の態度が、ちょっと極端だと感じていたくらいです。逆に習い事や塾には熱心で、今思えば過干渉な親でした。
父親の方は、割と無関心というか、子どもの教育にはめんどくさそうにしていました。気の向いた時だけ、子どもそっちのけで夏休みの宿題(工作)など、自分が肩代わりしてやっていたこともあります。
この二人は、今でいうなら子どもの可能性を奪い、自分たちの扱いやすいように枠にはめる「毒親」なのですが、割と明るく、二人が争うこともなく、笑いが多かったので、一見すると円満な家庭で、子どもだった私は世間の家庭とのギャップに気づくことなく成長しました。
しかし、思春期には他のクラスメートと比較して、自分の家族に違和感を覚えます。高校時代は詰め込み教育に没頭して、違和感の正体を突き止めることを保留しますが、大学生になり、このままではまともな大人になれないと感じて寮に入り、実家を離れます。それから50歳を過ぎるまで、両親とは年に1〜2回会うだけで交流はありませんでした。
思えば、30年以上離れていた両親と再度出会い直すことになったのです。
話を戻します。母の言動でおかしいと思ったのは、今から30年以上も前のことです。母は、まだ60歳を過ぎたところでした。
久し振りに母からうちの家に電話がかかってきて、なんでもない話をしていたら、「アンタ、この電話、盗聴されてるで。」と突然言い出して、「もう切るわな。」と、本当に切ってしまったのです。
忙しかったので忘れていましたが、考えてみると、それも1つのサインだったかもしれません。
94歳母の認知症 被害妄想 その2(初期症状)
母の言動が、なにかちょっと気になりはしたものの、私は日常の忙しさに紛れて、いつの間にか忘れていました。当時、そんな余裕はなかったのでした・・・。
でも、あとから振り返ってみると、母の行動には、いくつかの特徴がありました。
まず、昼間からほぼすべての部屋のカーテンを閉め切って、暗くしていること。
私は行くたびにカーテンと窓と開け、新鮮な空気を取り込むようにするのですが、気が付くとまた閉まっています。母が見つけるたびに閉めているのです。
そうやって暗くして、電灯をつけています。時間に関係なく・・・です。
どうして閉め切るのかとたずねると、向かいの住宅から監視されているというようなことを言ってました。
あの時は、母はまだ若くて50代だっと思います。私は深く考えもせず、「そんな風に感じさせることが、なにかあるんかな?」くらいにしか考えませんでした。
当時の実家は古い一軒家で、向かいには道路を挟んで5階建ての団地があり、その圧迫感が原因でそんなことを言うのかと思ったくらいです。
ただ、2階なんかは雨戸も閉め切っていることが多く、ちょっと不気味な感じがしたのを覚えています。
両親に関わることで気になるのは、何回も引越しをしたことです。住所も3府県にまたがって、結婚してから借家も含めて現在までで6回引っ越しました。
自分の感覚では、これはかなり多いのではないかと感じています。
転居に関しては、常に母の要求が強く、めんどくさがりな父はしぶしぶ付き合っている感じでした。が、最終的に母の希望が優先される感じで、決定権は常に母が握っていました。
振り返ると、母は短気で同じ環境に落ち着いて過ごすことが苦手で、常になにか変化を求め、電化製品を買い替えたり、食器を集めたり、改修工事をしたりと小さな変化を作って気持ちをつなぎ落ち着かせるように自分を制御していたように感じます。
旅行も、近場ばかりでしたが、しょっちゅう父の運転で1〜2泊していました。
そういった変化や気分転換ができなくなって、母は病んでいったのかもしれません。